他責と甘えが生んだ20代の挫折、そして価値観の不一致による試練
──逆境経験について教えてください。
20代の頃に味わった初めての起業での失敗と、その後に経験した組織での理不尽な出来事ですね。私は20歳からプロ家庭教師として月に50〜60万円ほど稼げるようになり、少し調子に乗っていました。23歳の時、ある方から出資を受けて会社を立ち上げたのですが、全くうまくいきませんでした。当時の私は経営の右も左も分からず、「出資してくれた人や周りの大人がなんとかしてくれるだろう」という甘えがありました。結果として資金は底を突き、家に帰る電車賃すらないほどのどん底を味わいました。
その後、セールスの世界に飛び込んで成果を上げ、フィリピン不動産を販売する会社の副社長に就任しました。しかし、そこでも大きな転機が待っていました。私は「お客様第一」のスタンスを大切にしていましたが、当時の会社は数字を重視する考え方が強く、顧客との向き合い方についても、私とは異なる価値観がありました。そうした違いから独立を申し出たものの、すぐには理解を得られず、その過程でお客様にも少なからずご心配をおかけすることになりました。結果として収入源を失ったこと以上に、大切にしてきたお客様にご負担やご心配をおかけしてしまったことが、何より心苦しかったですね。
「この人が何とかしてくれる」を捨てる。すべては自己責任という覚悟
──逆境から得た教訓や学びについてお聞かせください。
「すべての出来事は自己責任である(他責にしない)」ということです。最初の起業で失敗したときも、どこかで「出資者が助けてくれるはず」と他人に依存していました。また、副社長時代に理不尽な目に遭ったときも、価値観が合わないと最初から違和感を抱いていたのに、「自分はセールスだけやればいいから」と見て見ぬふりをして環境に甘んじていた自分の責任でもあります。
この40年の人生でようやく気づいたのは、誰かが何とかしてくれるのを待つのではなく、自分が掲げたビジョンに賛同してくれる仲間を集め、自らがリーダーとして最終責任を取る覚悟を持たなければならないということです。また、直感的な「違和感」はとても大切です。価値観が合わない人と一緒に働くことは、後々大きなひずみを生みます。自分が責任を持ち、信念を貫ける環境を自らの手で作ることの大切さを、数々の失敗から学びました。

フィリピン不動産を軸に、アジアのプラットフォーム企業へ
──会社の強みや魅力について、教えてください。
現在の弊社の強みは、フィリピン不動産の販売において日本トップクラスの実績があることはもちろん、販売して終わりではなく、現地法人を構え、現地のスタッフとともに運用・管理まで手厚くサポートできる点にあります。物件の購入からその後の利回り最大化まで、ワンストップでお客様に寄り添えるのが私たちの大きな武器です。
今後のビジョンとして、2030年までに「アジアのプラットフォーム企業」になることを目指しています。不動産販売にとどまらず、お客様のフィリピン事業進出のサポートや、管理物件を活用した留学生向けの民泊・語学学校の運営など、ビジネスの幅を広げています。また、現在はインバウンド事業にも注力しており、フィリピンの富裕層を日本に招き、日本の高度で信頼できる医療(人間ドック、がん治療、美容医療など)を提供する「医療ツーリズム」の伴走サービスも年内にリリースする予定です。不動産を軸にしながら、多様な価値を提供する企業へと進化を続けています。
野心を持ち、外の世界を見よ。恵まれた環境に安住しない生き方
──若者へのメッセージをお願いします。
「小さくまとまるな」と伝えたいですね。日本という国は、先人たちが築き上げてくれた基盤があるため、ぼーっとしていても、大した野心がなくても生きていける非常に恵まれた環境です。医療も安価で充実しており、社会保障も整っています。しかし、「本当にそのままでいいの?」と問いたいです。
フィリピンの若者たちは、日本の倍の人口ボリュームがあり、みんな野心に満ち溢れています。「どうやったら成り上がれるか」「どうすれば成功できるか」を必死に考え、英語を駆使して世界中の最新情報を瞬時にキャッチしています。彼らにとって、何もしなければすぐ隣にある貧困に飲み込まれてしまうという強烈な危機感があるからです。日本にいるとそうした危機感を持つのは難しいかもしれませんが、だからこそ意識的に視野や視座を「外」に向けてほしいのです。世界のリアルを知り、自分が本当にやりたいこと、成し遂げたいことを追求していく。野心を持って外の世界を見渡せば、人生はもっと面白くなるはずです。


