父の急逝と東日本大震災──日常が前触れなく奪われた25歳の冬
──逆境経験について教えてください。
板前として無我夢中で働いていた25歳の頃です。年明けの1月に、父親がくも膜下出血で急に倒れました。実は当時、父とは少し意見が合わず、半年ほど距離を置いていて、ほとんど連絡を取っていなかったんです。昔から仲が良く、決して嫌いな父ではなかったのですが、ほんの少しのすれ違いから意地を張っていました。
病院に運ばれた時、すでに「助かる見込みはほぼない」と宣告されました。奇跡的に命を取り留めても意識は戻らないだろう、と。そこから1ヶ月間、父は意識が戻ることなく、2月の半ばに帰らぬ人となりました。距離を置いたまま、まともに言葉を交わすこともできず永遠の別れを迎えてしまったことは、私の中に言葉にできないほどの大きな後悔を残しました。
そして、悲しみも癒えぬその1ヶ月後、東日本大震災が起きました。私が働いていた岩手県南部も大きな被害を受けました。仕事場である郷土料理レストランの冷蔵庫の中身は腐り、連日みんなで片付けに追われました。友人の中には大切な人を亡くした者もいました。わずか数ヶ月の間に、当たり前だと思っていた日常が、いとも簡単に、そして何の前触れもなく奪い去られていく現実を目の当たりにしたのです。

「いつ死ぬかわからない」保守的だった自分を変えた決意
──逆境から得た教訓や学びについてお聞かせください。
父の死と大震災という立て続けの出来事は、私の価値観を根底から覆しました。それまでの私はどちらかと言うと保守的で、将来の夢もなく、ただ目の前の流れに身を任せて生きているような人間でした。しかし、「人はいつ死ぬかわからない」という痛烈な事実を突きつけられた時、このままの生き方でいいのかと強く自問自答するようになったのです。
「いつ終わるかわからない人生なら、先のことを心配して立ち止まるよりも、今やれること、やりたいと思ったことを全力でやろう」。そう心に決めました。
実家は決して裕福ではなく、中学生になったばかりの幼い妹もいたため、お金の面での不安はありました。しかし、母が「やりたいことがあるなら頑張ってくれ」と背中を押してくれたこともあり、新しい世界へ踏み出す勇気をもらいました。手探りながらも、どうすればお金を生み出せるのかネットで調べたり、震災復興の起業家育成プログラムに参加したりと、とにかく「今、自分にできること」を無我夢中で行動に移し始めました。それが結果として、現在の起業へとつながる第一歩になったのです。
その後、約1年間は板前のアルバイトを続けながら、フリーランスとしても活動しました。安定した収入を得ながら、自分で仕事をつくり、挑戦していく。その両方を経験したことで、少しずつ自分の力で生きていく感覚を身につけていきました。
作る喜びを届ける──AI時代に問う「誰のためのシステムか」
──会社の強みや魅力について、教えてください。
現在はWeb制作やWebシステム開発をメイン事業として展開しています。もともとは「食と健康」をテーマにしたレシピサイトを立ち上げたいと思い、外注費用が高かったため独学でWebを学び始めたのがきっかけでした。手先を動かして物を作ることが昔から好きだった私にとって、Webサイトやシステムを「作る」という作業が面白くなり、気づけば10年以上この世界にどっぷりと浸かっています。
私たちの強みは、インドネシアにオフショアチームを持ち、国境を越えた開発体制を築いている点です。インターネットが発達した現代だからこそ、世界の人々と繋がり、国際社会の発展に寄与できることに大きな魅力を感じています。
ただ、近年はAIの台頭もあり、システムを「作る」こと自体のハードルは劇的に下がりました。だからこそ、私は今「誰のために、何のために作るのか」という原点に立ち返る必要があると考えています。板前時代、料理を作る目的は「お客様に美味しいものを食べて喜んでいただき、良い思い出の糧にしてもらうこと」でした。Webシステムも同じです。単に「作ったからお金をもらう」のではなく、そのシステムがお客様にどんなメリットをもたらし、どう喜んでいただけるのか。そこまで深く定義し、価値を提供できる組織でありたいと強く思っています。

タイパは仕事だけでいい。プライベートの“無駄”こそが人生の贅沢
──若者へのメッセージをお願いします。
近年、若い方を中心に「タイパ(タイムパフォーマンス)」や「コスパ」を重視する傾向が強くなっていますよね。映画を1.5倍速で見たり、曲のサビだけを聴いたり。確かに時間単価で計算すれば「得」をしているように感じるかもしれません。
仕事においてタイパを求め、効率化して無駄を省くことは大賛成です。私たちもシステムを導入して8時間の作業を6時間に短縮し、余った2時間をコミュニケーションや新しい挑戦に使うべきだと考えています。
しかし、プライベートの時間までタイパを求めすぎるのは、人生において大きな「損」をしているのではないでしょうか。映画の“間”には感情を揺さぶる意味があります。私自身、料理が好きで休日は時間をかけて手料理を作り、それをつまみにお酒を飲みます。お惣菜を買えば一瞬で終わる食事に、あえて長い時間をかけて手間暇をかける。一見すると無駄な「時間の消費」かもしれませんが、それこそが最高の贅沢であり、人生の幸福度を上げてくれるエッセンスだと私は信じています。
いつ終わるかわからない人生です。時間を削りまくって効率ばかり追い求めて、振り返った時に「何が楽しかったんだろう?」となってはもったいない。仕事は徹底的に効率化し、そこで生み出した時間をプライベートの豊かな“無駄”にたっぷり使う。そんなメリハリのある生き方を、ぜひ楽しんでみてください。
