壮絶な青春時代と幾多のどん底
──逆境経験について教えてください。
高校2年生の時、突然の不幸が家族を襲いました。祖父が他界し、その面倒を見ていた母親も過労から脳梗塞で倒れてしまったのです。適切な処置が遅れたこともあり、医師からは「もう80%助からないから準備はしておいてください」とまで言われました。幸い一命は取り留めましたが、姉はすでに家を出ていたため、私が父親と2人で生活しながら、家事や母親の病院通いを全て担うことになりました。周囲の友人が遊び回っている中、「なんで自分の人生だけこんなにおかしいんや」と塞ぎ込みそうになったこともあります。ただ、この時、一般人の医療リテラシーが低いために適切な判断ができなかった悔しさが、現在の医療事業へ向かう強い原体験になっています。
その後も、大学進学後に数々の仕事を経験しましたが、波乱万丈の連続でした。事業を立ち上げた際には、以前所属していた会社との間でトラブルが生じ、営業活動を続けることが難しくなったこともあります。仕事や生活の基盤を失い、住む場所にも困るなど、厳しい時期を過ごしました。振り返ると、本当にさまざまな困難や挫折を経験してきましたね。

出会いと仲間の背中から学んだ「努力の尊さ」
──逆境から得た教訓や学びについてお聞かせください。
仕事上のトラブルや生活面での苦労など、本当にいろいろなことがありましたが、そうした困難を一つひとつ乗り越えてきた経験が、今では自分を支える揺るぎない「盾」になっています。そして、これまで出会ってきた人たちからも、数え切れないほど大きな影響を受けてきました。
特に印象に残っているのが、20代前半の時に一緒に働いていた同い年の仲間のことです。彼は会社が解散する際、「俺はプロボクサーを目指す」と言って去っていきました。当時の彼は少しぽっちゃりしていて、遊びでボクシングをしても私に負けるような男だったので、「絶対になれるわけがない」と正直思っていたんです。
しかし2年後、彼は本当にプロテストに合格し、試合に私を呼んでくれました。リングの上でボコボコにされて負けてしまいましたが、その姿がめちゃくちゃかっこよかったんです。自分が語った夢を実現するために、泥臭く努力し抜いた彼の姿を見て、「物事を達成するためには、本当に努力せなあかん」と心底痛感させられました。
医療の根幹を支え、地域活性化へとつなぐ
──会社の強みや魅力について、教えてください。
弊社の理念は「志(こころざし)を形に」です。これは私自身の目標であると同時に、開業を目指すドクターの思いを形にするという誓いでもあります。大企業が嫌がるような、手間暇のかかる「0から1を作るサポート」を徹底的に行うのが私たちの強みです。例えば、あるクリニックの開業時には私たちが内覧会を企画・運営し、2日間で約300人もの方を集めました。目先の売上だけでなく、ドクターと同じ目線で共に歩むことで深い信頼関係を築いています。実際、個人事業主時代から16年間お付き合いのある先生から、「おかげで繁盛しているから、来月から保守費用を1万円上げていいよ」と自らご提案いただけるなど、この厚い信頼関係が何よりの財産です。
今後の展望としては、まず今の医療事業を確固たるものに成長させます。その上で、私の地元のような過疎地での「地域活性化」に挑戦したいです。行政とタッグを組み、健康に配慮した「宅食」と、ウェアラブルデバイスやオンライン診療、訪問看護を掛け合わせたネットワークを作りたいと考えています。過疎地が抱える食事と医療の課題を解決し、地域の人々が安心して暮らせる仕組みを作ることが私の壮大な目標です。
目の前のお客さんと一生の信頼関係を築く
──若者へのメッセージをお願いします。
仕事をする上で一番の理想は、あなたが最初に出会ったお客さんが、10年後も「〇〇さん」と名前で呼んで頼りにしてくれるような関係を築くことです。私自身、泥臭い経験や遠回りもたくさんしてきましたが、目の前の人とのつながりを何よりも大切にしてきたからこそ、今のアンビションがあります。
AIが進化し、手軽にそれらしい情報が手に入る時代だからこそ、人と人とのリアルな信頼関係や、どん底から這い上がって得た泥臭い経験が「自分を守る最強の盾」になります。これからチャレンジする若い皆さんには、決して効率や見栄えだけにとらわれず、相手の心に深く寄り添い、一生涯続くような信頼関係を築けるビジネスパーソンになってほしいと願っています。


