「十代は闇だった」―自己表現できず、独りで抱え込んだ葛藤の日々
──逆境経験について教えてください。
私の学生時代、特に十代は「闇だった」と表現できるかもしれません。小学校の低学年までは学校でも陽気に振る舞っていたと思うのですが、いつからか教室の隅でおとなしくしているような子どもになっていました。人が嫌いなわけではなく、むしろ仲良くしたいという気持ちは強くあったのですが、自己表現がうまくできず、いつも心の中で葛藤を抱えていました。
人に助けを求めたり、頼ったりすることが昔から本当に苦手で、何でもひとりで抱え込んでしまう。それが当たり前になっていました。「どうせ助けてもらえない」という無意識の前提があったのかもしれません。周りに人がいても、本当に分かってもらえているという実感はなく、どこか孤独感を抱えたまま大人になりました。助けの求め方がわからないから、ますます孤立し、ひとりで気を張り詰めて頑張るしかない。そんな悪循環が、自分自身を精神的に追い詰めていたのだと思います。
人生を変えた“天啓”との出会い。心理カウンセラーという使命を見つけるまで
──逆境から得た教訓や学びについてお聞かせください。
私は昔から、友人をはじめ多くの方の相談に乗る機会がありました。公私を問わず、「ここだけの話」と打ち明けられることも少なくなく、人の話に耳を傾けることは自然と続けてきたことでした。
歯科助手として働いていた頃は、訪問歯科の現場で高齢の患者様やそのご家族と接する際に、口腔ケアの説明だけでなく、ご家族の悩みや身の上話を伺うことも多く、一人ひとりの人生に触れるたびに、人の心に寄り添うことの大切さを実感していました。
一方で、「私には他にもできることがあるのではないか」と、漠然とした思いを抱えながら日々を過ごしていました。
そんなある朝、出勤前にふと「私にできる、もっと社会の役に立てることは何だろう」と改めて自分自身に問いかけた瞬間、まるで天から降りてくるように「心理カウンセラー」という言葉が頭に浮かんだのです。
もともと自身の悩み多き経験から心理学には強い関心があり、友人から「カウンセラーに向いている」と言われたこともありました。その瞬間、それまでの経験や想いが一本の線でつながったような感覚があり、本格的にカウンセリングを学ぶ決意を固めました。
この経験から学んだのは、人が「助けて」と言える環境を作ることの重要性です。かつての私のように、助けを求めたくてもできない人は大勢います。だからこそ、こちらからその人の心の背景を汲み取り、手を差し伸べることが大切なのです。例えば、怒っている人は、実は「助けて」と叫んでいるのかもしれない。そう捉えるだけで、関わり方は大きく変わります。精神論ではなく、心理学の知識やコミュニケーションのスキルをもって、誰もが安心して頼れる社会の実現に貢献したいと考えるようになりました。
心のケアをもっと身近に。誰もが安心して頼れる居場所をつくる
──会社の強みや魅力について、教えてください。
私の活動の根底には、「やさしい世界を創ろう」「やさしい心を育てよう」という二つのキャッチフレーズがあります。専門的なカウンセリングは敷居が高いと感じる方も多いですが、私はもっと気軽に心と向き合うきっかけを提供したいと考えています。
そのためのツールが、心理テスト制作やタロットセラピーです。これらは、時に遊び感覚で楽しめるものでありながら、シーンに合わせて温度感を調節することができますので、自分や相手の心を知るきっかけをつくりやすいのです。
特にタロットは「占い」というイメージが強いかもしれませんが、私はあくまでカウンセリングをベースに、相談者様がご自身の内面と対話し、自ら答えを見つけるためのお手伝いをしています。
「カウンセリングはちょっと…」という方にはタロットを、「タロットは怪しい」という方にはカウンセリングベースであることを伝える。入り口は違えど、本質は同じです。このように、相手に合わせて心のケアへのハードルを下げ、誰もが安心して話せる場を提供できることが、私の強みだと考えています。将来的には、絵本などを通じて、子どもの頃から自然に心の仕組みを学べるような教育にも携わっていきたいです。

大丈夫、必ず光は見えてくる──暗闇の中にいる若者たちへ
──若者へのメッセージをお願いします。
今、未来が見えなくて、世界が真っ暗闇に感じている人もいるかもしれません。私自身、生きていることさえ嫌になる瞬間が何度もありました。でも、伝えたいのは、その嵐のような瞬間さえ乗り切れば、必ず助かる時が来るということです。それが明日なのか、いつになるのかは分かりません。でも、諦めなければ、その時は絶対にやってきます。
だから、悩んでもいい。休んでもいい。泣き叫んでもいい。とにかく、今この瞬間を「生き延びて」ください。生きるのを諦めてしまったら、すべてが終わってしまいます。
そして、私たち大人の責任は、そうした若者たちのSOSに気づき、彼らが「この人なら頼れる」と思える存在になることです。あなたを見つけてくれる大人が一人でも増えるように、私たちが頑張らなければいけない。そして、もし少しだけ余裕があるなら、あなた自身も周りに目を向けたり、誰かに声をかけたり、助けを求めたりしてみてください。人は一人では支え合えません。手を差し伸べる人と、その手を受け取る人がいるからこそ、救われる命や心が増えていくのだと思います。
苦しかった経験が「あれがあったから今がある」と思える日が来るように。それぞれの立場で、あなたや私にできることを一緒に探していきましょう。

