アイデンティティの喪失と、過酷だった社会人第一歩
──逆境経験について教えてください。
大きく分けて2つの逆境がありました。1つ目は、大学進学のタイミングで、物心ついた時から続けてきた「野球」を辞める決断をしたことです。父が大学の野球部監督をしており、私自身も野球を続けることが当たり前の環境で育ちました。しかし、大学では全く違う世界を見てみたいと思い、ラクロス部に入ることを決めたのです。ただ、いざ野球を手放してみると、自分の中のアイデンティティが丸ごと無くなってしまったような、空っぽになった感覚に襲われました。新しいスポーツであるラクロスでもすぐには結果が出ず、「もし野球を続けていたら、今頃どうなっていただろう」と、自分の決断に対する後悔や葛藤に苛まれる時期が続きました。
一方で、今振り返ると、野球を続けてきた時間そのものを後悔しているわけではありません。むしろ、幼少期から高校まで野球に打ち込んだからこそ得られた経験や、そこで出会った仲間たちは、今の私にとってかけがえのない財産です。野球を辞めたことは、それまでの自分を否定することではなく、これまで積み重ねてきたものを土台に、新しい世界へ進むための一歩だったのだと思います。
2つ目は、新卒で入社したWeb広告会社での社会人1年目です。縁もゆかりもない大阪へ一人配属され、友人も知り合いも誰もいない環境に身を置くことになりました。当時の私はまだ引っ込み思案な性格を引きずっており、社交的に振る舞うことがとても苦手でした。そんな中、仕事では上司から論理的に厳しく詰められ、自分の考えの未熟さゆえに言葉に詰まってしまう毎日でした。できない自分に直面し、精神的にも非常にしんどく、過酷な日々だったと記憶しています。
それでも、今振り返れば、あの環境に身を置いたからこそ出会えた人たちがいて、そこで学んだことが今の自分につながっています。当時は苦しかった経験も含めて、決して無駄だったとは思っていません。むしろ、あの時期があったからこそ、これまでの人生とは異なる価値観を持つ人たちと出会い、自分自身の世界を広げることができたのだと思っています。
環境を変える勇気が広げてくれた、人との出会いと感謝
──逆境から得た教訓や学びについてお聞かせください。
野球を辞めたことによる喪失感からは、「アイデンティティがなくなることへの恐れ」を克服する術を学びました。今まで自分が当たり前だと思っていた世界を手放したからこそ、新しい仲間に出会い、別の価値観に触れることができたのです。この経験を通じて、「自分の好奇心の赴くままに、とりあえずやってみる」という姿勢の大切さに気づきました。
ただ、だからといって、野球をしていた過去が良くなかったとは全く思っていません。野球を続けてきたからこそ出会えた友人や、そこで培った経験があります。その上で、ラクロスという新しい環境に飛び込んだからこそ、また違った価値観を持つ人たちと出会うことができました。
大阪での厳しい社会人生活からは、人とのご縁のありがたさと、相手を想像して自らコミュニケーションを変えていくことの重要性を学びました。当時は周囲の先輩方に公私ともに可愛がっていただき、引っ込み思案だった私が「どうすれば人を笑わせられるか」「どうすれば相手に喜んでもらえるか」を真剣に考えるようになりました。
今思うのは、人生の中で経験してきた環境に「良い・悪い」はなく、それぞれの場所にいたからこそ出会えた人たちがいるということです。野球時代の友人、会社員時代に関わった方々、そして独立してから出会った仲間たち。振り返ると、それぞれ全く違ったタイプの人たちと関わることができたからこそ、私の人生はより豊かになりました。その一人ひとりとの出会いが、今の自分をつくってくれているのだと思います。
だからこそ、私にとってコンフォートゾーンを抜け出すことは、「過去を捨てること」ではありません。これまで歩んできた道を肯定し、その経験を持ったまま新しい環境へ踏み出すことで、さらに多くの人や価値観に出会っていくことなのです。環境を変えるたびに出会いの幅が広がり、その一つひとつが自分の人生を豊かにしてくれたことに、今は心から感謝しています。

事業と広告の「両方の視点」を持つ強みと、未来への恩返し
──会社の強みや魅力について、教えてください。
広告代理店と事業会社(マーケティング側)の双方を経験していることが、私の最大の強みです。
Web広告の運用代行はもちろんですが、LP(ランディングページ)や広告クリエイティブの制作から、成果を改善するためのPDCAを回すところまでを一気通貫でサポートしています。様々な企業の売り方や広告の型を見てきたからこそ、単に「広告の数値を良くする」だけでなく、「クライアントの売上を上げるための仕組み作り」までをしっかりと見据えたご提案ができると自負しています。
今後の展望としては、まずは自分自身や一緒に働く仲間、そして家族の生活をしっかりと豊かにできる事業規模(年商1億円など)へと成長させることが第一の目標です。
そしてその先には、教育や子どもに関わる事業を展開したいという夢があります。実は高校の社会科の教員免許も持っているのですが、私自身がこれまで素晴らしい人との出会いや経験に恵まれて生きてきました。だからこそ、自分の事業でしっかりと利益を出せるようになった暁には、次世代の子どもたちへ経験や出会いを還元できるような、社会貢献に繋がる活動をしていきたいと強く思っています。
自分の目で見て、自分の頭で決断する
──若者へのメッセージをお願いします。
「途中で辞めること」や「投げ出すこと」は、決して悪いことではないと伝えたいです。
かつての私は、一度始めたことを辞めるのはいけないことだと思っていました。しかし今は、まず自分の好奇心に従って色々なことを経験し、その上で「この先どうするか」を決めればいいと思っています。
私自身、野球を続けてきた時間も、会社員として苦労した時間も、独立してから経験したことも、すべて今の自分につながっています。そして、それぞれの環境で出会った人たちが、私の人生を豊かにしてくれました。
だからこそ、今いる場所を否定する必要はありません。その経験を大切にしながら、時にはコンフォートゾーンの外へ一歩踏み出してみてください。新しい世界に触れ、様々な人と出会うことで、自分の中の選択肢はきっと広がっていきます。
たくさんの選択肢を知った上で、「自分はどう生きるのか」を自分自身で決めてほしいと思います。その経験の積み重ねが、皆さんの人生を豊かにしてくれるはずです。


