13歳での環境の変化が教えてくれた、自立への一歩
──逆境経験について教えてください。
私の人生の転機は、13歳の時でした。それまでは年の離れた兄二人に甘やかされ、何不自由なく育ったのですが、環境が大きく変わったことで、それまでの生活が一変したんです。それまで家の電球交換やビデオの配線といった些細なことですら、誰かがやってくれるのが当たり前でした。でも、環境が変わったことでそうはいかなくなり、「あ、これは私がやらなきゃいけないんだ」と、身の回りのことを一つひとつ自分でやるようになりました。
決してベタベタした関係ではありませんでしたが、家族はいつも私を信頼し、進みたい道を応援してくれていました。だからこそ、その想いに答えたい、自分の足でしっかり立とうという意識が、誰に言われるでもなく自然と芽生えていったのだと思います。
ロスジェネ氷河期から始まったキャリア、組織での葛藤
──逆境から得た教訓や学びについてお聞かせください。
13歳の時の経験を通じて、「自分の人生は自分で切り拓くんだ」という価値観が私の土台になりました。結局、人生はすべて自己責任。人のせいにしたり、誰かに依存したりするよりも、全部自分で決めて、自分で責任を持つ方がずっと楽しいし、後悔もないと思っています。
就職活動は、いわゆる就職氷河期の「ロストジェネレーション世代」。就職率100%を誇っていた短大で、私たちの代からその神話が崩れました。卒業間際まで就職先が決まらず、最終的にはアルバイト先での働きぶりを評価してくれた日本生命の方に声をかけていただき、なんとか社会人になることができました。
その後、IT業界に20年以上身を置きましたが、会社員という立場にずっと窮屈さを感じていました。もっとこうした方が良いと思っても、組織のルールで動けなかったり、人間関係に気を遣ったり。それでも会社員を続けたのは、やはり「安定」というぬるま湯の心地よさがあったからです。でも、心のどこかで「55歳までには会社員を辞めたい」と常に思っていましたね。

IT業界20年で見つけた新たな使命。女性のキャリアと日本の伝統、2つの「当たり前」に挑む
──会社の強みや魅力について、教えてください。
40代を目前にした頃、結婚しないかもしれない人生を考え始め、会社員としてのキャリアにも限界を感じるようになりました。変化の速いIT業界で、若い世代と同じように学び続けることの厳しさ。このままでいいのだろうか、という焦りから、副業を考え始めました。
そこで始めたのが、昔から好きだった着物と、得意だった「教えること」を掛け合わせた着付け教室「ゆうきもの」です。最初は会社員の安定した収入があったからこそ、リスクなく挑戦できました。しかし、事業が少しずつ大きくなるにつれ、会社員との両立に引け目を感じるように。そんな時、育児中の友人たちと話す中で、高いスキルを持ちながらもキャリアを諦めざるを得ない女性がたくさんいるという課題に気づきました。これが、育児中の女性と企業をつなぐ業務支援サービス「Re:mama」の着想につながります。
「ゆうきもの」も「Re:mama」も、根底にある想いは同じです。着物業界の旧態依然とした体質や、女性がライフイベントによってキャリアを諦めるのが当たり前という社会の風潮。そうした「当たり前」を変えたいという怒りに近い感情が、私の原動力になっています。IT業界で培った課題解決能力と、個人で事業を立ち上げた経験を活かし、企業と個人の双方に寄り添う「伴走型」のサポートができるのが私たちの強みです。
「やりたいことがない」君へ。まず動けば、世界は広がる
──若者へのメッセージをお願いします。
私自身、学生時代に「これをやりたい」という明確な目標はありませんでした。だから、今やりたいことが見つからなくても、まったく焦る必要はありません。まずは目の前のことに一生懸命取り組んでみてください。そうするうちに、自分の得意なことや本当に好きなことが見えてくるはずです。
そして、ぜひ自分の人生のハンドルは自分で握ってください。誰かに依存するのではなく、自分で選んで進んでいく。その方が絶対に楽しいし、何があっても自分で軌道修正できます。
もし私が今の時代に高校生だったら、学校の先生や親以外の、とにかくたくさんの大人の話を直接聞きに行くと思います。私たちが学生だった頃と違い、今は多様な働き方をしている人がたくさんいます。IT業界と一括りに言っても、その中には様々な職種や働き方がある。そうしたリアルな情報を知ることで、選択肢は格段に広がります。失敗を恐れず、まずは小さく一歩を踏み出してみてください。その積み重ねが、あなたの未来をきっと豊かにしてくれるはずです。


