97%の依存が生んだ苦境。利益なき多忙を過ごした3年間
──逆境経験について教えてください。
独立してからの最初の3年間は、まさに逆境そのものでした。きっかけは、家族を通じてご縁をいただいたアパレル企業からのお声がけでした。「中国で生産をしないか」とお誘いいただき、事業をスタートさせました。当時は一つの大きな柱があることに安心し、売上の97%をその一社に依存していたのです。
ありがたいことに仕事は絶えず、寝る間も惜しんで働きました。しかし、働いても働いても、利益は一向に出ない。不良品が出れば値引き交渉をされ、為替が円安に大きく振れた際には、そのしわ寄せが全てこちらに来ました。キャッシュフロー上はお金が回っているように見えても、実態は債務だけが雪だるま式に膨らんでいく。そんな苦しい状況が3年間続きました。物理的にも精神的にも、他の取引先を開拓する余裕など全くありませんでしたね。
「メインを作らない」という決意。逆境が教えてくれた事業存続の鉄則
──逆境から得た教訓や学びについてお聞かせください。
一社依存の3年間で得た最大の教訓は、「メインの取引先、メインの事業を作ってはいけない」ということです。一つの柱に頼り切る経営は、外部環境の変化や相手の都合一つで簡単に揺らいでしまう。そのリスクを身をもって痛感しました。
このままではいけないと、4年目から事業の立て直しを図りました。まずは、かつての取引先への依存から脱却し、関係性をゼロにすることから始めました。そして、知人の紹介で中国輸入の買い付け代行という、手元資金がなくても始められる仕事に飛びついたんです。そこから生まれたコミュニティの中で、「もっと品質の良いものを適正価格で作りませんか」と5年ほどかけて地道に伝え続け、少しずつお客様を増やしていきました。コロナ禍でアパレル事業が打撃を受けた際も、以前から準備していたLINEのサポート事業があったからこそ乗り越えられた。この経験が、現在の多角的な事業展開の礎となっています。

“言われたことは全部やる”。顧客の声から生まれたワンストップ支援体制
──会社の強みや魅力について、教えてください。
弊社の強みは、お客様の要望に応え続けた結果として生まれた「ワンストップの支援体制」です。現在はアパレルOEM事業、自社マタニティブランドの運営、そしてLINEのサポート事業という三つの柱があります。
もともとは、買い付け代行のお客様に「ちゃんとしたオリジナル商品を作りたい」と言われたことからOEM事業が本格化しました。自社ブランドを運営しているため、単に作るだけでなく、販売までの知見を共有できるのが特徴です。また、中国の巨大な生地市場が近いという立地を活かし、スピーディーな生地調達も可能です。最近では「生産のやり取りだけを代行してほしい」という声に応え、お客様の“外部の生産部”として動く顧問のようなサービスも提供しています。言われたことに応え続けていたら、自然と今の形になっていました。

夢や目標はなくていい。求められる場所で、自分だけの価値を見つける方法
──若者へのメッセージをお願いします。
もし今、好きなことや明確な目標がなくても、焦る必要は全くないと思います。僕自身、振り返れば「周りから言われたこと」や「求められたこと」を一つひとつやってきただけなんです。大切なのは、目の前のことに真摯に取り組むこと。そうすれば、できることが自然と増えていき、それがいつか「あなたにしかできない価値」になります。夢や目標は、その先に気づいたら出来上がっているものなのかもしれません。
僕は昔から競争が苦手で、サッカーでは人がやりたがらないキーパーを選び、アパレルでも華やかなデザイナーではなく生産の道に進みました。無理に自分を変えようとせず、自分が心地よくいられる場所、輝ける場所を見つけることが大切です。戦う場所を自分で選べば、無理な競争に巻き込まれずに済みます。自分だけのポジションを見つけて、そこで価値を発揮していってほしいですね。
