会社の看板を失い痛感した「何者でもない自分」。創業後に立ちはだかった二つの壁
──逆境経験について教えてください。
会社を設立して最初に直面したのは、「自分たちは何者でもない」という厳しい現実でした。前職までは会社の看板を背負って営業ができていましたが、独立した途端、それは通用しません。ホテル業界での知見や実績はあっても、創業したての無名な会社です。金融機関や物件のオーナー様を訪ねても、ほとんど相手にしてもらえませんでした。半年ほどは手応えのない日々が続き、「とんでもない世界に飛び込んでしまったかもしれない」と怖さを感じたこともあります。
もう一つの壁は、無事にホテルをオープンさせた後に訪れました。私自身は東京にいながら、京都や佐賀のホテルを遠隔でマネジメントすることの難しさです。 創業期は、まだ組織としてのカルチャーや共通の価値観が十分に言語化・浸透している状態ではなく、それぞれがこれまでの経験や「当たり前」をベースに仕事をしていました。本来であれば、その違いを前提に、同じ方向を向けるような土台をつくるのが経営の役割だったのですが、当時の私はそこまで手が回っておらず、結果として現場に負荷をかけてしまう場面もありました。
「選んだ道を正解にする」覚悟と、仲間を「信じ抜く」勇気
──逆境から得た教訓や学びについてお聞かせください。
創業当初、誰にも相手にされなかった時期を乗り越えられたのは、「選んだ道を正解にするしかない」という覚悟があったからです。一緒に働きたいと願う仲間の存在が、私を突き動かしてくれました。開発担当のメンバーが過去の人脈を必死に辿り、何度も断られながらも粘り強く交渉を重ねて、ようやく最初の契約を勝ち取ってくれたんです。その姿を見て、追い込まれた時にこそ人間は底力を発揮できるのだと学びました。
また、遠隔マネジメントの失敗から学んだのは、「人を信じ抜くこと」の重要性です。自分が現場にいないからこそ、現地の支配人やスタッフを信頼し、すべてを任せる勇気が必要でした。マイクロマネジメントでは組織は回りません。一人でできることには限界がある。この経験を通じて、チームを信じ、それぞれの力を最大限に引き出すことが、経営者としての私の役割なのだと改めて気づかされました。

スタッフの幸せが、最高のサービスを生む。「何者でもない」から「何者か」になれる場所へ
──会社の強みや魅力について、教えてください。
私たちのホテルブランド「KANSEI」は、単なる宿泊施設ではありません。訪れた方が自分自身と向き合い、感性を磨くことで、心豊かな状態、つまりウェルビーイングを体験していただくことを目指しています。私たちのミッションは「幸せな時計(とき)をつくる」こと。ホテルという箱を増やすのではなく、お客様や関わる人々の心に残る、幸せな時間を提供することに価値を置いています。
そして、今後の展望として最も大切にしているのが、「働くメンバーが一番幸せであること」です。お客様を幸せにするためには、まず私たち自身が幸せでなければなりません。会社のビジョンに「何者でもないものが何者かになる」と掲げているのですが、これは社内のメンバーに向けたメッセージです。かつての私のように、自分に自信が持てなくても、ここで働くことを通じて成長し、誰もが「何者か」になれる。そんな組織を創り上げることが、今の私の目標です。
人生に「いつか」は来ない。波が来たら、準備不足でも飛び込んでみて
──若者へのメッセージをお願いします。
私が伝えたいのは、「準備が整う日は来ない」ということです。私自身、起業も「今だ!」と万全の準備をして始めたわけではありません。育休中という予期せぬタイミングでチャンスの波が来たから、それに乗っただけなんです。人生はすべてがそうだと思います。「いつか」を待っていても、その「いつか」は永遠に来ません。
たとえ実力や経験が足りないと感じていても、目の前に波が来たら、まずは乗ってみてください。環境や役職が、自分を驚くほど成長させてくれることがあります。特に、結婚や出産など、ライフステージの変化に不安を感じる女性たちに伝えたいです。何かを成すために、何かを諦める必要はありません。私は出産後わずか半年で起業しましたが、やり方次第で道は拓けます。ぜひ、自分の可能性を信じて、諦めずにすべてを掴みにいってほしいです。


