親からの「強制送還」、周囲の冷笑。孤独の中で見つけた反骨心
──逆境経験について教えてください。
僕の人生の転機は、14歳の時でした。4歳で母を亡くし、10歳で父が再婚したのですが、新しい家族との関係がうまくいかず、反抗期に。素行も良くなかった僕を見かねた父に、ある日突然空港へ連れて行かれ、行き先も告げられぬまま飛行機に乗せられたんです。着いたのは、亡き母の実家がある長崎。「君は今日からここで暮らしなさい」と。事実上の強制送還でした。
その後、家族が住む京都に戻りましたが、関係は修復できず、高校3年生で家出。それから一昨年まで、親とは絶縁状態でしたね。大学も、学費を自分で稼ぎながら通ったものの、飲み会に明け暮れる日々に「何のために高い学費を払っているんだろう」と疑問を感じ、1年で中退しました。周りからは「あいつは人生終わったな」「お先真っ暗だね」と散々言われました。
さらに、25歳でバーを3店舗経営していた時には、コロナ禍が直撃。全店舗を閉めざるを得なくなり、飲食一本でやっていくことの危うさを痛感しました。常に何かしらの壁が目の前に立ちはだかっているような感覚でしたね。
「無理だ」の声は、最高のガソリン。逆張りで道を切り拓く
──逆境から得た教訓や学びについてお聞かせください。
僕の原動力は、いつだって「何クソ」という反骨心です。これまで、やることなすこと、ほとんどすべてを周りに否定されてきました。「そんなの絶対に無理だ」と言われるたびに、「じゃあ、結果で見返してやろう」と燃えてきたんです。
例えば、中学時代に「お前には無理だ」と言われた偏差値の高い高校に意地で合格したことも、3年前に流行は終わったと言われた電子タバコ事業を大成功させたことも、すべてがその反骨心から始まっています。人の意見を聞いて諦めるような性格じゃなくて、本当に良かったと思っています。
大学を中退した経験も、僕にとっては大きな学びでした。自分で学費を稼いでいたからこそ、「みんなと同じレールの上を歩く人生に価値はあるのか?」と真剣に考えることができた。あの時の決断が、人と違う道で自分の価値を見出す、今の生き方に繋がっているんだと思います。結局、人の下で働くのは無理な性格だと自覚し、経営者として自分の選択にすべての責任を負う今のスタイルが、一番自分らしくいられるんです。
海外トレンドの目利き力と、実体験に基づく課題解決力
──会社の強みや魅力について、教えてください。
僕の強みは、14歳まで香港のインターナショナルスクールで育った経験にあると思っています。今でも世界中に友人がいて、彼らのSNSを通じて「今、海外で何がリアルに流行っているか」を肌で感じることができる。この「目利き力」が、アートスタジオなど、日本でまだ流行る前のビジネスをいち早く仕掛けることに繋がっています。
また、SNS運用事業では、単にバズらせるだけの手法は使いません。僕自身が飲食店や様々な店舗を経営してきたからこそ、クライアントの「来店に繋げたい」「知名度を上げたい」といった本質的な課題を深く理解できます。机上の空論ではなく、実体験に基づいた企画から撮影、編集まで一気通貫で提案できるのが、他にはない価値だと自負しています。
今後の展望としては、飲食事業で日本食ブランドを立ち上げ、海外に展開していきたいですね。一つの事業に固執せず、アパレルや商品開発など、常に新しい可能性を模索し、挑戦し続けていきたいです。

レールを外れることを恐れるな。自分の人生の舵は自分で取れ
──若者へのメッセージをお願いします。
もし今、何かにもんもんとしている人がいたら、「好きにしたらいい」と伝えたいです。僕もそうでしたが、人のアドバイスはあくまでその人の成功体験。それが自分に当てはまるとは限りません。結局、最後に決めるのは自分自身なんです。
経営者にも会社員にも、それぞれメリットとデメリットがあります。どちらが正解かなんて、やってみないと分かりません。だから、まずは一歩踏み出して、経験してみてほしい。その上で「楽しい」と思うのか、「これは違うな」と感じるのか、自分の心で判断すればいい。
僕の人生は、決して平坦な道のりではありませんでした。でも、良くなかった経験も含めて、すべてが今の自分を作ってくれています。周りから何を言われようと、自分の選択を信じて、自らの手で人生の舵を取る。その覚悟さえあれば、道は必ず拓けるはずです。失うものなんて何もないんですから。
