「給料の上限が見えた」。安定の道から飛び出した、自己資金600万円の挑戦
──逆境経験について教えてください。
「あんたは絶対看護師になりなさい」。専業主婦だった母は、自立して働く叔母の姿を見て、私にそう言い続けました。医療ドラマへの憧れもあり、自然と看護の道へ。大学卒業後は奨学金の返済義務もあり、系列病院に就職しました。しかし、入職式の日に渡された給与表を見て、衝撃を受けたんです。そこには、何年目にいくらもらえるかという、年功序列の未来が全て書かれていました。初任給は高いけれど、30代以降は伸び悩む。頑張っても頑張らなくても給料は変わらない。「私がいるべき場所はここじゃないかもしれない」。そう直感しました。
もともと自分で訪問看護ステーションを立ち上げたいという夢がありましたが、そのためには最低でも2.5人の看護師が必要です。仲間集めも、その人たちに給料を払い続けることも、当時の私には大きなハードルでした。そこで「まずは一人でできることから始めよう」と考え、思いついたのがバーの経営です。看護師を集めるための場所、そして事業資金を集めるための場所として、「看護師が働くバー」というコンセプトを掲げました。
しかし、飲食業、特に飲み屋という業態は銀行からの融資が全く下りません。5年間働いて貯めた600万円の自己資金だけが頼りでした。お店を借りる敷金礼金だけで400万円が消え、残りの資金はわずか。経験も知識もゼロからのスタートで、オープンまでの3ヶ月間、知り合いのバーで働かせてもらい、必死でお酒の作り方を学びました。「半年やってダメだったら、また看護師に戻ろう」。そんな覚悟で、挑戦の第一歩を踏み出しました。
価値観を変えた経営者との出会い。「環境のせいにしない」と決めた日
──逆境から得た教訓や学びについてお聞かせください。
看護師1年目の頃、気分転換に通い始めたフィットネスジムでの出会いが、私の価値観を大きく変えました。そこは経営者の方が多く利用されていて、話をするうちに、その自由な生き方や考え方に強く惹かれたんです。それまでの私は、病院という閉鎖的な環境の中で「あの人が嫌だ」「この環境が悪い」と、つい人のせいや環境のせいにしてしまいがちでした。
しかし、彼らは違いました。どんな状況でも「自分がその環境を選んでいる」という視点を持っていたんです。その言葉にハッとさせられました。嫌なら、自分で環境を変えればいい。仕事に縛られる必要なんてないんだと。この「自責の捉え方」が身についたことで、物事を前向きに捉えられるようになり、起業への思いを強くするきっかけになりました。
もともと「思い立ったら即行動」という性格ではありましたが、この出会いを経て、より一層「やってみてから考えよう」というスタンスが明確になったと思います。計画を練り込むことも大切ですが、時には思い切って飛び込んでみること。行動しなければ何も始まりません。失敗を恐れず、まずは一歩を踏み出す勇気が、道を切り拓いていくのだと学びました。
看護師が集まるバーが、人材不足を解決する。医療業界の新たなハブへ
──会社の強みや魅力について、教えてください。
最大の強みは、バーという場を通じて医療従事者が自然と集まり、独自のプラットフォームを築けていることです。私自身、大学病院で働いていた頃は、入退院やオペ対応に追われ、余裕がなく患者さんに優しく接することができない瞬間もありました。そんな自分に違和感を抱き、「働く人がもっと自分らしく、QOL高く働ける環境があれば、看護の質もサービスの質も上がるはずだ」と強く思うようになりました。
その思いから、給与や働く時間、働き方を自由に選べて、子育てやライフステージに合わせて働く量を調整できる。そしてバー・訪問看護・グループホームなど、多様な仕事を選択できる職場づくりを目指してきました。働く人の余裕が、そのまま患者さんや利用者さんへの質の高いケアにつながると信じているからです。
当初は私一人で始めた「看護師がいるバー」ですが、SNSを通じてコンセプトが広まり、今では多くの看護師や医療関係者がスタッフとして、またお客様として集まる場所となりました。医療業界では人材不足が常に課題ですが、ここには「こんな働き方があったんだ」と目を輝かせてくれる人がたくさん訪れます。実際に、バーでの出会いをきっかけに、訪問看護ステーションの経営者にスカウトされ転職したスタッフもいます。
この場所は、単なる飲食店ではなく、人と仕事をつなぎ、キャリアの選択肢を広げるハブへと成長しています。
現在はバー事業に加え、当初の目標であった訪問看護ステーション、障害者グループホームの運営も行っています。今後は、ここに集まる人材という強みを活かし、本格的な人材紹介・派遣事業にも取り組む予定です。また、このユニークなビジネスモデルを全国に広げるため、バーのFC展開も計画しています。
医療業界に新しい風を吹かせ、一人ひとりが自分らしく働ける未来をつくっていきたいと考えています。

やってみないとわからないからこそ、人生はおもしろい
──若者へのメッセージをお願いします。
「18歳で決めた道が、人生の全てじゃない」ということを伝えたいです。私自身、かつては「看護師として働き、普通に家庭を持つ」という未来を想像していました。でも、実際は全く違う道を歩んでいます。進路を決める時、就職する時、その選択が一生を決めると考えがちですが、そんなことはありません。いつでも方向転換はできます。
特に女性の皆さんには、もっと自由に挑戦してほしいです。起業というとハードルが高いイメージがあるかもしれませんが、やってみると「若いのに頑張ってるね」と応援し、可愛がってくれる人がたくさんいます。若さや女性であることが、時には武器になるんです。話が合わなくなり、離れていく友人もいるかもしれませんが、それ以上に新しい出会いが待っています。
あれこれ考えすぎて動けなくなるより、まずは一歩踏み出してみてください。「やってみないとわからない」のですから。その一歩が、想像もしていなかった未来につながっていくはずです。
