「チームとして認めない」——言葉の壁と人種差別に苦しんだ留学
──逆境経験について教えてください。
僕の人生における一番の逆境は、大学時代のアメリカ留学でした。高校まで野球に打ち込んでいましたが、どこか物足りなさを感じていて、「自分を変えたい」という一心でアメリカの大学へ野球留学することを決めたんです。しかし、僕が渡ったミズーリ州は、アジア人がほとんどいない田舎町。そこでは想像以上の厳しい現実が待っていました。
野球チームには白人と黒人の選手しかおらず、アジア人は僕一人。当時はまだ人種差別が色濃く残っていて、あからさまに無視されたり、チームメイトとして認めてもらえなかったりする日々が続きました。練習後、みんなで遊びに行くときも僕だけ誘われない。チームスポーツなのに、完全に孤立していました。
最初の半年から一年は、言葉の壁もあって、何を言われているのかすら正確にわからないことも多かったです。ただ、明らかに自分に向けられる悪意は感じ取れる。正直、何度も野球をやめて日本に帰りたいと思いました。しかし、簡単には帰れない。まさに八方塞がりの状況でしたね。
逆境を乗り越え掴んだ信頼。父の言葉を胸に、実力で道を拓く
──逆境から得た教訓や学びについてお聞かせください。
辛い状況の中で、僕を支えてくれたのは「何くそ」という反骨精神と、父の言葉でした。昔から野球に関しては非常に厳しかった父ですが、僕がアメリカに行くと決めた時も、日本から「結果を残して帰ってこい」と激励してくれたんです。その言葉が、諦めそうになる心の支えになっていました。
アメリカは良くも悪くも実力主義の社会です。だったら、もう野球で結果を出して認めさせるしかない。そう覚悟を決めました。がむしゃらに練習に打ち込み、ついにレギュラーの座を掴み取ったんです。すると、あれだけ冷たかったチームメイトたちの態度が、嘘のように変わりました。遠征先では家に泊めてくれるようになり、仲間として受け入れてくれたんです。
この経験から学んだのは、どんな逆境にあっても、諦めずに実力を示せば道は拓けるということ。そして、困難な挑戦こそが自分を大きく成長させてくれるということです。あの時、もし途中で逃げ出していたら、今の自分は絶対にありません。あの4年間が、僕の価値観の根幹を築いてくれました。

大阪を世界一おもしろい街へ。体験価値で勝負する「着地型観光」
──会社の強みや魅力について、教えてください。
私たちは、大阪の「着地型観光」でナンバーワンを目指す企業グループです。着地型観光とは、観光客がその土地に来てから何をして楽しむか、という部分に特化したサービスのこと。屋根のないオープンデッキバスで大阪の名所を巡る「ワンダーループバス」や、道頓堀を周遊する「ワンダークルーズ」、船上でBBQが楽しめる「メリーグリーン」(貸切屋形船)など、多角的な事業を展開しています。
私たちの最大の強みは、お客様の99%が外国人観光客であること。そして、彼らに最高の体験を提供するための「人」です。例えば、ループバスには英語が話せるコンシェルジュが同乗し、マニュアル通りではない生の情報を伝えています。また、道頓堀の飲食店では、スタッフの多くがアルバイトの学生です。彼らはチップ制度をモチベーションに、自らユニークな仮装をするなどして場を盛り上げ、お客様との対話を楽しんでいます。ここは、机上の勉強よりもずっと実践的な英語が学べる最高の環境だと思います。
ただ移動する、ただ食事をするのではなく、そこにしかない特別な「体験価値」を創造すること。それが、世界中から人々が集まる大阪の魅力を、さらに高めることに繋がると信じています。
一歩踏み出す勇気と「英語」が、君の可能性を無限に広げる
──若者へのメッセージをお願いします。
もし、僕がアメリカ留学という挑戦をしていなかったら、きっと安定した会社で働き、現状に満足するだけの人間になっていたと思います。自分を変えたい、高みを目指したいと思うなら、今の環境から一歩踏み出す勇気を持ってください。その挑戦が、必ずあなたの未来を大きく変えるはずです。
そして、これからの時代を生きる皆さんにとって、「英語」は間違いなく強力な武器になります。英語が話せるだけで、就職活動の視野は格段に広がりますし、どんな会社に入っても貴重な人材として扱われるでしょう。外国人向けのビジネスが増えている今、その価値はますます高まっています。
僕自身、英語と、逆境で培った「何くそ魂」があったからこそ、今があります。皆さんも、学生という時間があるうちに、ぜひ新しい挑戦をしてみてください。その一歩が、自分の可能性を無限に広げるきっかけになるはずです。

