夢の社長就任、しかし待っていたのは「会社を潰せ」という声
──逆境経験について教えてください。
インターネット広告会社で成果を出し、30歳を目前にした私に舞い込んできたのは、Jリーグチームの子会社の社長というオファーでした。Jリーグ史上初となるマーケティング専門会社の立ち上げ。かつてサッカーに打ち込んだ身として、これ以上ない挑戦だと胸を躍らせ、お世話になった会社を飛び出しました。
2019年12月に会社を設立。事業はすぐに軌道に乗り始め、「これからだ」と意気込んでいた矢先、予期せぬ壁が立ちはだかります。一部の株主から「子会社運営は認めない」という反対の声が上がったのです。さらに追い討ちをかけるように、世界はコロナ禍に突入。スポーツ業界全体が活動停止に追い込まれました。
役員会では何度も事業戦略をプレゼンしました。理論上、私が提案していることの正しさには自信がありました。しかし、一部の株主の反対を覆すことはできませんでした。合意を得て進めたはずのプロジェクトが、なぜ。そんな理不尽な状況に翻弄され続け、会社はわずか1年で解散。僕は事実上の解雇という形で、その場所を去ることになりました。応援してくれた前職の仲間たちには、あまりに早すぎる失敗を打ち明けることもできず、一人で悔しさを噛みしめるしかありませんでした。
ロジックだけでは人は動かない。30歳で味わった挫折が教えてくれた経営の本質
──逆境から得た教訓や学びについてお聞かせください。
この失敗の根本的な原因は、僕自身のアプローチにあったのだと、今ならわかります。当時の僕は「東京から来たネット広告上がりの若造が、正論を振りかざしている」ように見えていたのかもしれません。変化を嫌う保守的な空気の中で、僕は「変わらなければダメなんです」と真正面からぶつかっていました。それはあまりに未熟なやり方でした。
今もし同じ状況に戻れるなら、まったく違う動き方をします。まずは株主一人ひとりの元へ足を運び、膝を突き合わせて話を聞くでしょう。「こんなことをやろうと思っているんですが、どう思いますか?」と、アドバイスを請いながら、少しずつ仲間を増やしていく。いきなり役員会で完璧なプランを提示するのではなく、もっと泥臭く、丁寧に関係性を築くべきだったのです。
この挫折を通じて、「経営とは、事業だけをやっていればいいわけではない」という当たり前の、しかし最も重要な本質を学びました。ロジックや正論だけでは、人の心は動かせない。資本とは何か、経営者として人を巻き込んでいくとはどういうことか。そのすべてを、痛みを伴って叩き込まれた貴重な経験でした。

広告とスポーツ、両サイドを知るからこそ描ける未来。業界の「当たり前」を変える
──会社の強みや魅力について、教えてください。
大分での悔しい経験があったからこそ、今の会社があります。僕たちの最大の強みは、広告主である「企業サイド」の事情と、現場である「プロスポーツチームサイド」の事情、その両方を深く理解している点にあります。広告業界でクライアントの課題に向き合ってきた経験と、スポーツチームの内部で現実的な制約や文化に触れた経験。この両輪があるからこそ、机上の空論ではない、本当に価値のある提案ができると自負しています。
例えば、多くの企業がスポーツチームのスポンサーになっていますが、その価値を最大限に引き出せているケースは稀です。私たちは、その投資効果を高める「アクティベーション」という領域に特化し、BtoBのビジネスマッチングや、社内のエンゲージメント向上といった多角的な活用法を設計・実行しています。
なぜスポーツチーム側でアクティベーションが進まないのか、その「できない理由」まで理解しているからこそ、双方にとってWin-Winの関係を築ける。この独自の立ち位置が、多くのチームや企業から信頼を寄せていただける理由だと考えています。大分で証明できなかったことの正しさを、今は全国のクラブで証明している。そんな感覚です。
誰よりも「突き抜けて」頑張る。その先に、きっと道は拓ける
──若者へのメッセージをお願いします。
僕が常に意識してきたのは、「突き抜けて頑張るやつになる」ということです。新卒で入った会社は優秀な人ばかりでしたが、それでも「あいつらの2倍は働いている」という自負がありました。がむしゃらに、誰よりも目の前の仕事に打ち込む。そうすると、不思議と誰かが見ていてくれて、手を差し伸べてくれるんです。
どんな環境であれ、まずは目の前のことに全力で取り組んでみてください。広告業界での経験が、今のスポーツビジネスに直結しているように、一見関係ないように思える仕事で培った基礎スキルや成功体験は、必ず未来の自分の力になります。
そして、社長という仕事の醍醐味は、船の進む方向を決める「舵取り」にあると感じています。左に進めば沈没するかもしれないし、右に進めば誰も見つけられなかった大陸があるかもしれない。その責任と興奮が、経営の面白さです。失敗を恐れず、自分の信じる航路に挑戦してほしい。目の前のことに突き抜けて打ち込んだ経験が、その航海で必ず皆さんを支える羅針盤になるはずです。

