二重苦からの再建へ。家業を継いだ「覚悟」
──逆境経験について教えてください。
私が家業に入ったのは、ちょうど5年前のことです。当時、自身の妊娠とコロナ禍が重なる中、会社は大きな困難に直面していました。実は父は17年前に自己破産を経験しており、そこから一台のトラックから再スタートし、現金で少しずつ事業を再建してきたという歴史があります。そんな状況の中、私が入社した頃の会社は、運送業界にありがちな労務問題に巻き込まれていました。
運送業界では、残念ながら「従業員が会社を訴える」という問題が少なからず存在します。弁護士が高速道路のパーキングエリアなどでドライバーに声をかけ、「残業代が未払いなので訴訟を起こせば数百万円が手に入る。着手金は不要で、成功報酬としていただく」といった提案をするケースがあるのです。実際に、父の代では複数の従業員から訴訟を起こされ、最終的に示談金を支払うことになりました。中には、訴訟目的で入社してくるような常習犯もいたほどです。
さらに深刻だったのは、会社の財務状況です。実は会社は債務超過に陥っていましたが、父は日々の通帳の残高しか見ておらず、その事実を把握していませんでした。昭和の経営者にありがちな「ドンブリ勘定」で、税理士も決算書を提出するだけで、具体的な経営改善のアドバイスはなかったのです。労務問題と財務状況の悪化という二重苦に直面し、「このままでは会社が危ない」と強く感じたことが、私が本格的に改革に乗り出すきっかけとなりました。

離職率40%から7%へ。従業員を大切にする経営で拓く未来
──逆境から得た教訓や学びについてお聞かせください。
会社が直面した困難を乗り越えるために、まず着手したのは「法務・財務体制の整備」です。それまでの雇用契約は曖昧な部分が多く、給与明細の記載方法も不十分でした。そこで、雇用契約書をきっちり整備し、給与明細も法律に則った形で変更しました。これは、労務問題を二度と起こさないための基盤作りであり、従業員を守るための重要な一歩でした。
しかし、最も大きな学びとなったのは「人」を大切にする経営への転換です。私が入社した頃、会社の離職率は約40%と非常に高い状態でした。新しい人材を採用し、教育するには多大なコストがかかります。そこで、「一人も辞めさせない」という強い決意のもと、全従業員との徹底的なコミュニケーションを始めました。
毎朝の挨拶から始まり、一人ひとりと「どんなことを考えて仕事をしているのか」「生活の中心は何なのか」「家族との時間を大切にしたいのか、今は稼ぎたいのか」など、それぞれの価値観や働き方の希望を会話の中から聞き出すことに徹しました。時には、家族を大切にしたい従業員には「早く帰ってあげなあかんのちゃう?」と声をかけたりもしました。この「聞く」という姿勢を一年間徹底した結果、離職率は劇的に7%まで改善したのです。
従業員は、自分の話を「聞いてもらえた」「大切にされている」と感じることで、承認欲求が満たされ、会社への信頼とエンゲージメントが高まることを実感しました。私は美容業での経験から、お客様の気持ちに寄り添うことの重要性を学んできました。その経験を活かし、「従業員もお客様」という意識で接することで、お互いを尊重し、配慮し合える関係を築けたのだと思います。
「人」を育む経営と、親孝行を原点とした事業承継
──会社の強みや魅力について、教えてください。
天人急配の最大の強みは、何よりも「人」です。私が目指しているのは、従業員一人ひとりが「この会社でどう生きていきたいか」を考え、ステップアップできる場所です。これまでは社長が全てを指揮していましたが、今後はやる気のある従業員には指示側に回るなど、様々な役割を提供していきたいと考えています。私はその過程を全力で応援し、彼らのステージを用意する「応援団長」のような存在でありたいです。
また、事業承継の目的が「親孝行」であることも、当社の大きな特徴であり、魅力だと自負しています。事業承継では揉めるケースも少なくありませんが、私にとっては「父が最後まで仕事を楽しめる環境を作る」ことが最優先です。そのため、父を会長として立て、彼の意見を尊重しながら、私自身は若い世代や新しい技術を取り入れ、会社全体として衰退しないよう財務状況を改善し、未来への投資を進めています。初代社長への尊敬を忘れず、パワーバランスを意識した経営は、親子関係の会社ならではの強みだと感じています。
今後は、前職の知識や経験を活かし、運送業という既存事業の安定を保ちながら、オンラインサロンなどの新事業展開も視野に入れています。女性社長として業界に新しい風を吹き込み、変化を恐れず挑戦し続ける姿勢で、天人急配をさらに魅力的な会社へと発展させていきたいと考えています。

完璧を求めず、一歩踏み出す勇気を!
──若者へのメッセージをお願いします。
若者の皆さんには、完璧を求めすぎず、まずは「行動すること」を大切にしてほしいです。頭で考えすぎて、計算しすぎて、一歩を踏み出せないという人を多く見かけます。まだ若いうちは、どんどんチャレンジして、失敗してもいいんです。むしろ、うまくいかなかった経験こそが、人生におけるかけがえのない「資産」となります。目の前の小さな失敗が、あなたの人生全体をダメにすることなど決してありません。恐れずに、どんどん行動を起こしていきましょう。
特に若い女性の皆さんには、キャリアと結婚・出産で悩む必要はないとお伝えしたいです。「もう少し仕事がうまくいってから結婚・子育てを」と考える人もいるかもしれませんが、年上の先輩に「それ、いつ叶うの?」と聞かれた時にハッとしました。キャリアを失うのが怖いという気持ちも分かりますが、人生軸で考えれば、結婚も子育ても仕事も、全てがあなたを形成する大切な要素です。私は、子供を抱えてからが「本当の自分」のスタートだと思っています。どうせゼロからのスタートを切るなら早い方がいい。その後の積み重ねる時間が長くなり、結果的に人生が豊かになります。私自身、自営業という働き方を選んで、子育てとの両立がしやすいと感じています。
そして、事業承継を考えている皆さんへ。何よりもまず「自分自身が事業承継をする目的」を明確に、腑に落とすことが大切です。先代と比較せず、自分にしかない強みを見つけてください。そして、土台を作ってくれた先代への尊敬と感謝を忘れずに、お互い譲り合う心を持つこと。事業承継は、先代も自分も初めての経験です。どちらが偉いということもありませんから、謙虚に相談し合い、協力し合う姿勢が何よりも重要です。もし受け入れられない部分があるなら、自分が会社を去るか、一から自分で会社を作る覚悟を持つべきです。何が起きても「自分が選んだ道」と受け入れ、文句を言わない。その覚悟があれば、きっと素晴らしい事業承継ができるはずです。
