将来は「研究者に」と決意するも信念が揺らぎ自問自答。
――起業以前にあった、逆境体験から教えてください。
植物のメカニズムを研究していた大学時代に、アイデンティティクライシスに陥りました。中学時代から将来は「研究者になりたい」と考えていましたが、ある日からふと「研究対象とずっと向き合い続ける人生はどうか」と、自問自答する壁にぶち当たったんです。
振り返ると学生特有のモラトリアムだったかもしれませんが、研究に人生を捧げようと思っていた価値観が根本から揺らぎ、全身にじんましんが出るほどに悩みました。
そんな私を救ってくれたのは、海外の大学関係者がかけてくださった言葉でした。学生として研究テーマについての調査結果を発表する機会があり、私のアイデアに対して「すごくおもしろいですね。一緒に研究しましょう」といってくださったんです。
当時のアイデアをかたちにはできなかったのですが、考えひとつで物事が前進するかのような刺激を受けたのは、自分のなかで何かがはじけるほどの体験でした。ずっと好きだった「学び」で世の中を動かせるように、将来「起業したい」と直感的に思った原点でもあります。
就職先で告げられた「海外赴任」の話が起業決断の転機に。
――大学卒業後は大学院の修士課程へ進学。企業への就職を経て、27歳で起業されたんですね。
大学院の修士課程を経て「いったんビジネスの世界に身を置こう」と思い、就職したんです。外資系の消費財メーカーで、アジア各国の担当者と密に連絡を取り合い、各国で販売する商品のキャッチコピーや薬事法、安全性関連の業務に従事しました。
起業へ至ったのは、就職から2年後です。当時、勤務していた日本本社が海外の複数拠点へ分かれることになり、海外赴任を言い渡されたのですが迷ったのです。
当時は26歳でしたが、私自身は「30歳までに起業したい」という考えがあり、海外へ渡ってしまうとそれまでに日本へ帰ってこられないと思いました。迷っているなら「今しかない」と考えて会社を退職し、勢いで起業しました。
「知識の地図」で学ぶをコンセプトに、2012年11月に今なお続くBtoCの社会人向け学習サービス「ShareWis」をリリースしましたが、当初は、協力していただく先生方を見つけるのが大変でした。
YouTubeで教育系コンテンツを配信されていた方に問い合わせをして、企業向け研修の講師の方々が集まる場所にも足を運び、出版社経由で教育関係の著者にもあたったんです。幸いにも、教育関係の方々が理念に共感してくださって、思わぬ好反応を得られました。
BtoCからBtoBへの大転換で事業が描いていたかたちに。
――2024年2月で13期目に。会社としての逆境もあったかと思います。
BtoBの法人向けの学習管理システム「WisdomBase」を2020年1月にリリースするまでは苦労しました。社会人向けのBtoCの教育サービスは、収益化が難しいんです。
お金を払っても学びたいと思う層は限られています。層を広げるために、テレビのクイズ番組のように、娯楽として楽しませる方向性への転換も検討しました。8期目までは「事業としての体裁を保てるのか」と常に考えていました。
2020年に、顧客からの声をヒントに、事業をBtoCからBtoBへの転換することを決断しました。「社内の研修コンテンツを社内外に広めるソリューションが欲しい」「オンライン試験を自社で開催したい」といった意見を企業の方々からいただきました。日本における大人の学びには、「会社」という存在が切っても切り離せない存在なんだと気付かされたんです。ただ、会社の方針転換により辞めてしまったメンバーの心を繋ぎ止められなかったのもあり、方針展開に伴うしんどさもありました。
――ご自身でどのように乗り越えたのでしょうか?
それでも、一貫して「学ぶ価値を高めるべく、大人にとっての学びの場を改善したい」という思いは変わらぬまま、突き進みました。辞めてしまったメンバーに、事業が転換しても「会社の理念は変わらない」と伝えきれなかった悔しさも残りましたが、顧客の好意的な声によって打ちひしがれる自分も救われました。
もともとBtoCの「ShareWis」では「知識と知識がつながる瞬間って楽しい」という体験を生み出すことを目指していました。例えば英語の文法と中国語の文法が似ていることに気がついて世界が広がるような体験です。ジャンルを問わず関連のあるコンテンツを紐付けて、ビジネスの世界で生きる人たちが学び、前に進んでいくための大きな「知識の地図」を作るという構想をもっていました。ただ、現実として、ビジネススキルやビジネスマナーといった異なるコンテンツを体系的に関連付けるのは難しく、叶いませんでした。
BtoBに事業は転換しましたが、元々の構想を違う形で具現化できているという実感があります。「WisdomBase」では、オンライン試験の機能が充実しているのですが、社内の試験制度を構築するためには知識を地図のように体系化するステップが必要です。また、各社の研修コンテンツの一部を、他の企業に販売する取り組みも行っているのですが、組織の知識が別の組織へとネットワーク状に広がる様子もまさに地図のような広がりを見せています。私たちのアイデアだけではなく、顧客のアイデアによって元々の構想が進化していると感じています。
現在は「ShareWis」のリブランディングを視野に、組織の学びをより良くするための、取り組みを進めています。
軸足を変えずに突き進めば何があってもブレない。
ーー最後、未来ある若手人材へメッセージをお願いします。
大人が学ぶのは、なかなか難しくもあると思うんです。社会人にとっての勉強は優先度が低く見られる傾向にあり、ともすれば周囲から「意識高い系」のようにからかわれる恐れもあります。そのせいで、学ぶ一歩を踏み出せない方もいるかもしれません。私たちは事業を通してそうした風潮を変えたいと願っています。
たとえからかわれたとしてもいつか報われるときが来ますし、自分を信じて続けてみてほしいです。そして、ブレない想いを持つのも大切だと思います。私たちはBtoCからBtoBへの転換が会社のターニングポイントになりましたが、根幹には先述の「大人にとっての学びの場を改善したい」という想いがありました。
事業のピボットは大変です。ただし、バスケットボールのピボットのように軸足がしっかりしていればうまく乗り切れると思っています。自分の軸となるしっかりとした考えを打ち立て、周囲に流されることなく、ブレずに先へ進めると思います。
また、AIの台頭もあり、今後はますます世の中の変化が加速していくと思います。知識や知恵の価値も変化しています。誰かが聞いたときに「何となく正解」と捉えられる程度の情報は、AIが出力して当たり前の時代になるはずです。
変化に耐えるためには「この人でないといけない」「この人らしい」など、自分にしかない何かを打ち立てる必要もあります。「負けずに語れる」と自信あるものを見つけたら「何があってもやり切る」と覚悟して、適度に興味関心を広げながら、自分を貫いていってほしいです。