5本の柱を育て100億円企業を目指す
――新規事業を複数手がけている理由は、どのようなところにあるのでしょうか?
2020年に「8年後の2028年に売上を100億円にする」という目標を立てました。これから日本経済がますます厳しくなる中で、生き残るためには100億円規模になる必要があると思ったのです。そうなったときにひとつの主力事業だけではやっていけない。2020年の時点で、主軸事業である洗浄機の売上が15億円だったので、それを20億円に伸ばし、ショウワテクノの板金事業、新規事業を合わせて、20億円の事業を5つ作ろうと考えたのです。
――5本の柱の候補はございますか。
洗浄機を除けば、洗浄機に関連する熱振動センサー「SDセンサー」です。ただ、センサーそのもので利益を出そうとしているわけではありません。事業の起点が、マーケットを見て売れそうなものをやるのではなく、「おもしろい」と思ったらやる。それからどうやったら売れるかを考えます。マルチで考えられ、切り替えが早いという強みを活かして、これまで世の中にないものを創り出してきたという自負はありますし、これからもその姿勢を変えることはないでしょう。
SDセンサー事業も振動と稼働率、故障のデータを集め、AIに学習させて、故障の予測につなげます。それを「SaaS」として提供しようと考えています。洗浄機とは違う形のビジネスになりますので、うまくいったら別会社にする予定です。それで得た資金で、また新しく「おもしろい」ことをやれますから。
マーケットよりも「おもしろさ」を重視した事業展開
――藤村様がおっしゃっている「おもしろさ」とは?
誰もやっていないことをしたいというのが前提ですが、「おもしろさ」とは自分がワクワクするかどうかを感性で判断しています。二番煎じはとにかく嫌で、負け戦はしないようにしていますね。
たとえば、「モジでる」という目の錯覚を利用した当社のディスプレイ製品は、当初、関西大学の教授が「ガラクタ」と言っていたものでした。社長仲間5人と一緒に大学へ見学しに行きましたが、こんなに3D広告が普及している中で興味をもったのは私だけ。ただ、この時代だからこそアナログなのが良いと感じ、製品化しましたね。
――農業事業もされていますが、農業にはどのような「おもしろさ」を感じたのでしょうか?
当社の農業事業である「キトサン」は製品化に向けて北海道大学と共同で開発しているのですが、教授がすごく変わったとてもおもしろい方でした。「キトサンを低分子と高分子に分画することで、こんなことが実現できる!」と語る姿に可能性を感じ、すぐに共同開発を決めました。
北海道大学へは、個人事業のひとつであるマスク事業の抗菌剤を探していて、話を聞きに行ったのがきっかけです。農業そのものが「社会貢献」につながることも前提にありますが、アスリートのサポートをしたいという想いがありました。アスリートの方の働き先として農業に参入したいと考え、現在は3名のアスリートの方のサポートをしています。
勤務先の倒産が2社の社長を務めるきっかけに
――藤村様の人生において、失敗談やとくに苦労されたエピソードはございますか。
当時はそこまで苦労したとは思っていませんでしたが、勤務先が倒産したときには苦労がありました。
現在のショウワのもとになる昭和金属工業の創業者が親戚で、私の父が2代目社長を務めていました。次男である私は跡を継ぐ予定はなく、高校卒業後、業務用洗浄機メーカーに勤めました。ところが、33歳のときに勤務先が倒産してしまいます。取引先の倒産に伴う連鎖倒産でした。事業自体はうまくいっていたため、昭和金属工業が引き継ぐことになりました。
既に天国に旅立ってしまいましたけれど、勤務先の社長だった方のことを、人生の最初の師匠だと思っているのです。その会社で学んだことが、今に至るまでの礎になっています。倒産したときは、貸しはがしなども含め、色々ありましたが、当時は苦労とは感じていませんでした。資金繰りの大切さを含め、たくさんのことを学ばせてもらったと思っています。
――勤務先の倒産があったからこそ、会社を新しく設立されるのはご家族も心配されたのではありませんか?
独立するためにふたりで働いて貯めていた財産を全部会社に突っ込みましたけれど、一度も怒りませんでしたね。「社員のために使ったなら良いんじゃない」と言ってくれて。「娘が育つまでは仕事を辞めない」と言って、今も仕事を続けています。僕には通帳を見せてくれなくなりました(笑)
パッションをもちチャレンジを続ける人に
――最後に、若者に向けてメッセージをお願いします。
パッションをもってほしいですね。表に出さず、内に秘めていても良いので。また、利己主義にはならないでほしいと思っています。事業の形態や方針もありますが、私のまわりには「たんに商売をしている人」はよってきません。それは資金目的よりも「おもしろさ」や「社会貢献」が事業の軸としてあるからです。社会のためになる事業であれば多少損をしてでも事業として続けていく、そこに迷いはありません。
私は、自分のために働くのが苦手で、誰かのために働く方が楽なんです。決して優秀な人間ではないのに「もうダメだ」と思ったときに不思議と誰かが助けてくれたのは、「誰かのために」という情熱で動いているからだと思います。
ただ、間違えてほしくないのは、きれいごとだけでは生きていけないということです。その裏には泥臭い努力があります。20代~30代までしか身を粉にして働くことができないので、成長をもとめるなら、会社の業務全部できるくらいまで働いてみてください。僕もそうした若いときがあったから今の自分があります。自分がやりたいことを追うのなら、覚悟をもってほしいし、その覚悟を応援したいと思っています。
――どのような人と一緒に働きたいとお考えでしょうか。
ここまでは僕が会社を引っ張ってきましたけれど、ここから先は、一緒に引っ張ってくれる人が必要です。責任をもって常にチャレンジし続ける人には、いくらでも手を貸します。イノベーションを起こしたい人にとっては、自分がやりたいことを自由に達成できる会社です。若いうちにいろんな仕事に携われることは良い経験につながります。
ただ、現状はおもしろいことをどんどんしていきたいけど、社員全員がそこに向いているわけではないのも事実です。少しでも興味をもってもらえたら、まずはその環境をみにきてください。「おもしろさ」を一緒に追求してくれる方には時間を惜しみませんので。
パッションのある方からのご連絡をお待ちしています。