独自の福利厚生サービス『保健室(仮)』
――御社の事業内容について教えて下さい。
エンジニアリングソリューション事業、営業コンサルティング事業、および経営コンサルティング事業を手掛けています。いずれも、プロフェッショナルをネットワークしてクライアントに当該サービスを提供するモデルですが、経営コンサルティング事業において目下、独自サービスを構築しているところです。
エンジニアリングソリューション事業としては、SESによる技術提供が主。営業コンサルティング事業では、B to B営業やコンシューマー営業などのプロフェッショナルによるコンサルティングを行っています。
――経営コンサルティング事業の独自サービスとは、どういったものでしょうか?
主に中堅・中小企業の定着率を高める独自の福利厚生サービス『保健室(仮)』です。
現在、入社後3年で離職する人材が30%に及ぶというデータがあります。しかし、多くの企業では、離職者に対して通り一遍の理由を聞くぐらいで、その本心まで深く調べていないのが実情ではないでしょうか。当社では、こうした状況をなくし、定着率をアップさせる支援をしたいと考えています。 そこで、メンタル心理カウンセラーやキャリアコンサルタントなどのプロフェッショナルをスタンバイさせ、クライアントの従業員が心配事やメンタルの不調、キャリアの悩みなどがあれば気軽に相談できるバーチャル保健室を開設します。そして、そこでの相談内容をカルテとしてまとめ、分析したうえで、当該企業に改善策を提言するというサービスです。現在、ユーザーとプロフェッショナルをマッチングするプラットフォームを開発しているところで、2023年秋にはプロトタイプをローンチし、テスト運用をスタートさせます。
――社内の雰囲気について教えて下さい。
現在、社内のメンバーはCTOとエンジニア1名で、あとは外部のエンジニアなどのプロフェッショナルという体制です。『保健室(仮)』開発フェーズの今、社内メンバーは基本的にオフィスで常に顔を合わせていますし、リモートが基本の外部スタッフを含め、プロダクト会議、営業会議、そしてなんでも会議に分けて定期的に議論しながら進めています。非常にポジティブで和気あいあいとした雰囲気があります。
「やりたい!」と熱を持ったシャツづくりに挑む
――逆境経験とそれを乗り越えた方法について教えて下さい。
逆境というか、失敗体験は大きくふたつあります。 ひとつめは、私が21歳のときに86歳で亡くなった祖父とのこと。祖父は出征してゼロ戦に乗り、戦後は発明家として亡くなるまで世の中のためになる事業に取り組んでいました。特に水道管を錆びなくするコーティング剤を発明したのです。晩年は、そのコーティング剤を鉄道の線路に転用する事業に打ち込みましたが、志半ばで亡くなりました。
私の失敗というのは、そんな祖父の話を聞かなかったことです。十代の頃、昔話や事業の話をされると「また始まったよ」「話長いんだよなー」とうんざりしていました。十代なんてそんなものでしょうが、今になって「なんであのとき祖父の話を聞いておかなかったのか」と悔やんでいます。発明家なので失敗も山ほど経験したでしょう。こうして自らが事業を手掛けるようになって、その失敗や苦労話をちゃんと聞かなかったことを大変後悔しました。
――その後悔から、どんな教訓が得られましたか?
チャンスを逃してはならない、ということですね。人に何か聞きたいと感じたとき、もちろん状況判断し謙虚な姿勢の上で、自制や遠慮は捨てて聞く。そんなマインドが大事ではないかと思います。「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」ということわざを痛感した経験でした。
――ふたつ目の失敗とは?
ワイシャツのフルオーダーメイドの個人事業に失敗し、借金だけが残ってその返済に追われた日々を過ごしたことです。ミシンの購入やメンテナンス、生地の仕入などの経費はもちろん、自分の生活費分も借金で賄っていましたから。
――その失敗から、どんなことが得られましたか?
当時、大学を出て起業する人は自分の周りにはひとりもいませんでした。周囲の人が企業に就職する中で、「やりたい!」と熱をもってシャツづくりに挑んだのは貴重な経験だったと思います。シャツづくりを選んだきっかけは、大学時代ファッション好きながらダサかった私に友人が紹介してくれた、ラコステのポロシャツ。当時18,000円と大学生には高価ではありましたが、ポロシャツを着ただけでこんなにも人の気持ちを高揚させることができるのか、私もこの感動を人に提供したいと思ったことを覚えています。
失敗したのは、今思えば無謀な方法を取ったからですが、当時は何が正解か不明で、やってみなければわからない状況でした。たとえば、資金稼ぎのためにカフェでアルバイトをしているとき、来店客に勝手に自分の手作り名刺を渡したり。そんなことをしても成果には繋がらず、あえなく資金難でストップしましたが、このことからお金について学びました。そして辛い状況からも逃げずに愚直に返済し続け、次に向けた挑戦心を湧かせ続けられたと思っています。その結果、今の自分があり、こうしてまた事業をスタートさせることができました。
個性を100%発揮し、誰かのために活かす
――今後のビジョンについて教えて下さい。
まず、個人的な大きなビジョンとして、52歳で事業から引退し、セカンドライフを過ごすということがあります。今35歳ですが、それまでの17年で年商5億円の会社を4社つくるという目標を掲げています。前職の人材支援ベンチャーで2億円だった事業を20億円までグロースさせましたが、その時の感覚がベースにあります。私は少数精鋭体制で事業を回していくことが好きなので、今の会社を5億円までスケールさせたら次の事業を起こす、という考え方です。
その第一号は『保健室(仮)』となりますが、どうなるかはローンチしてみなければわからないというのが正直なところです。けれども、大手企業向けには類似のサービスはあっても中小企業向けにはまだないという市場であり、人材不足はこれからまずます進展する一方なのでニーズは大きいと確信しています。
――その目標にどのようにアプローチしていこうと考えていますか?
働く仲間や関わる人たちの個性が100%発揮できて、その個性が100%ユーザーなど誰かのために活かせる集団をつくることです。そんなメンバーと共にサービスを磨き込み、その強みを認知されることに取り組みます。そして、ひとりでも多くのユーザーが良い人生を送ることを通じてメンバーも豊かになれるよう、「誠実・謙虚・感謝・素直」をクレドとして、自分中心ではなく思いやりを持ち、人に敬意を払って行動しながら事業運営に取り組んでいきたいと思っています。
――最後に、若者に向けてメッセージをお願いします。
20代は自分のために能力を蓄える期間であっても、30代ではその能力を誰かのために発揮するといった志向をもってほしいですね。自分のやりたいことは自分でしかかなえることはできません。けれども、“やりたい”を“できる”に変換するきっかけは、第三者が提供できるものです。当社は、そんな存在でありたいと思っています。
当社では、エンジニア職、営業職、事務職が在籍していますが、それぞれの目的を遂行するためにも、個性を100%発揮できる環境づくりに力を入れていきます。 そんな個性を繋ぎ合わせて、多くの人に「こんなサービスがあって良かった!」と感動してもらえるようなサービスを創っていきます! なお、『保健室』という仮称の正式名称は絶賛募集中です。そのネーミングもみんなで決めていきたいと思っています。